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2023

二〇二三年六月

 

おくつきへきみの眠りをおかしつつしるましを覵ゆおそろしき夕

おぞましき夢を見し夜 独りいる我、野性的な風、ノスタルジア。

抱擁交わすことだに無く、ただみつめあう小部屋を世界とぞ言う

夏の風 わが夢魂さえ吹き散じ尚おも窓より見るありのまま

別れ路に水星の騎士顕れて窃と耳打ち くちづけしよう

突然にささめごとあり 起ち上がり窓のとを見る、細き径に背。

泣いてすがってゆるしを請う夜。彗星めいた恋人よ、さやうなら!

ささやかな破片散り敷く廃苑になが声も無き 独り玻璃踏む

だれとなく恋をしようと惟う夜 夢なき眠りを寐る梅雨冷え

二〇二三年七月

 

都奇と書く 街に瑰しき 真澄鏡 住み古りてなお待ち遐し汝

星天降る 微冥き河うち照らす月魄は无し。今し二人は

さようなら 朝明にくらし海族のふたり相離り余香漾う。

たやすくは信ずまじ、たやすくは愛すまじ。グラシアンの謂いし言

ささめごと黝き牖透り来てレイヨニスムの夢を染め著く

歪みある珠の滴り堕つる時、映り入る世界こそ淋しき

傍役と謂われし吾の物語り 見えざるものの聲収めたり

l'amourをlemurとの錯簡あり 或いは愛を或いは霊を

鬼城の句、口吟みつつ徒歩く。あの凍蝶も翅灼かれけり

花にさえ嚙みつかれけり。奇美拉の似き言葉の咲き匂う季

一五八二年死没せし聖テレジアの像は淋しき

ファブリツィオ・クレリチの絵に描かれし環の崩ゆる空、その空の漠

影があり光もありし父の背。ただそればかり、吾ぞ瞶むる。

啼叫りし巨きなる人尤彌爾ユミルの聲 完全人の双貌至と淋し

二〇二三年八月

 

そこばくに邈く彳ちたる逃げ水の似く揺らめく赫のスカート

卓上に噴水のあり ささやける暮鳥の一聲 朔の星はも

電(いなづま)よ 月のかげより還りたるわれ主宰せるわれの淋しき

口馴染みする言葉なも味気なき――聴こえねえって! 百合の花咲く

二〇二三年十月

 

聖三稜玻璃に綺羅美の屈折光 冷寂の閨 虹蜺の交

秋成の沈める書を引き揚げし船にぞ竚てる柿の実腐る

壊れ来し白き月をば磐の上に無絃の琴を独り爪弾く

珥の落ちる音はも途の端 玄か延びゆくかげのまたかげ

片咲のしらじらしさよ秋の草 ゆうな聖げに打ち散らめやも

阿古屋珠頰ばりたしと地団駄を蹈みて稚(わらわ)ぎし日 貝と化る

寐ねがての牖外に耳こゆ病葉の下りてそそげる昳かな

ありつくし夜台より覓ぐ星羣へ伸びる手もなし朱鳥翺ぶ

  銷閑の折、聖約翰騎士団を懐いて詠める(2首)

赭門の騎士団旧てかありけむ。笛の鳴ありて月精は没きぬ

葬処を出でたる余を成らしめよ、典薬寮なる黒衣の隠士

病床にて
 

寂莫は言立てがたし秋の雨 冷え枯るる室 底り顕つ我

二日月fragileなるシール貼り錯時法の街へ遺贈せり

土星の環 手秉りて来よと汝の云い 桂冠詩人病み臥して居り

花をみて花と言いなす残酷さ 葩の散りぎわ秋津飛び交う

淋しさに鏡面加工施さば紅れる頰に映り入るひと

  二〇二三年十一月

 

月かげをきざはしとせば昇らまし生きものはみな湖に淪みき

月かげに洸る秘文字の兎書を擱き倚る几はなけれひとり水浴みす

月かげをそそげる眼だま真澄鏡 外つくにの蛇 池と變りけり

街と海
 

街なみを海にたとえし詩人いて坂の上の艦橋ブリッジへはららかの風

銹ばされの非常階段へと遁れ枻なし小舟みな底にみゆ

汐風のほそぼそと飃く屋上に作庭術の講筵をきく

漠漠と靄かかりたる窓はゆめ風をし聚めつたどるたどる

 
編集
 

昼の月うかべる白ささびさびと街に貼りこむ附箋のいくつ

泡玉へひとつひとつを鎖じ籠めよUmweltより分類すわれ

街路樹のした歩きつつ通り過ぐひとの顔さえページネーション

文字むらを並び替えてし午后六時コールドタイプの音冴えらる

 
朽葉
 

くれないの世界ぞあわれ我が貌をれてしずめる街の底にも

おだしきのわだありき貝殻のいくつを拾いが聲を聴き

塋域にちたる若樹まがなしきあえかな光さざなみだちき

海の瓊玻にわたづみをおさめ掌へささやかなうたいよよ飛び立つ

真夜中の水のほとりに乃今いまて要らぬ月かげ要らぬ淋しさ

そこにいて跳ねてかおりし何者ぞぼくらはふたり死葉しにばを焚けり

夕映
 

夕映を出でて十歳ととせちにけり我が真宅の御舎みあらか

月極の駐車場へと忍び入る夕映しるし今日かえりゆく

夕映のひととなりてし汝兄なせ流景ひかりのうちにて撫でゆけり

雑詠
 

へべれけを救けし夜のついにきて佐美雄の哥をいくたびか誦す

むな底に詩女神なる器官あり黒き液汁われを懊殺す

生活はまばゆけれ予が夢裡に入り圃場に宁てる白鳥は去ぬ

秋の日に世界はいっそ眼となってさまざまなりしわれ瞶めいよ

液質をまといて睡る秋の夜冱りしわれの摧かれまほし

緋の色にあけてぞそむる旅のそらゆきまち月もうつろいて冷ゆ

  二〇二三年十二月

 
無題
 

黒鳥のわがもとへ来て罵れる声ごえのみ機械さびめく

あわあわと水鳥なける闇黒やみわだにうつるれ消えななむ

罔両うすかげこまやかなりぬ街ののわがそびらより来てける

やわらかき墓羣はかむらならにわにも灰白色の林学者

冷たさの明るみのあるあのあたり玻璃がらすの朝にわ暗澹

 
窓と家
 

わたくしの住まえる家に窓のなし串刺天使メタトロンはねのしろ未だし

水晶をまねて造りし我が家をルドゥーさえも无みせるものかは

窓こそは家のかたちと我がえて窓のみの家を雲のなか

単子論うとうと読みてひるがりあじなきひび佛佛ほのぼの暮れる

窓もなき密房へやにしひとり鏡置き映り込む夜を砕かんとす